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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)175号 判決 1964年6月11日

原告

ユニバーサルトランプ株式会社

右代表者代表取締役

井上寿太

右訴訟代理人弁護士

田中勝治

被告特許庁長官

佐藤滋

右指定代理人通産業事務官

網野誠

渡辺正道

アメリカ合衆国オハイオ洲シンシナチ・東ノーウツド・パークアベニユー及びビーチストリート

被告補助参加人

ゼ・ユナイテツドステーツ・プレイングカード・コンパニー

右代表者副社長

エドモンド・エイ・ローゼンタール

右訴訟代理人弁護士

湯浅恭三

久保田穣

同弁理士

池永光弥

青野宇之助

右訴訟復代理人弁護士

相原伸光

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(参加によつて生じたものを含む。)は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告は、「昭和三五年抗告審判第三、二三八号事件につき、特許庁が昭和三六年一〇月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、原告の請求の原因

一、原告は、昭和三四年三月三一日旧類別(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号商標施行規則第一五条所定)第六五類トランプ類その他本類に属する商品を指定商品とし、別紙Ⅰ表示の構成を有する商標につき、特許庁に商標登録出願をなし(同年商標登録願第九、八六一号)、同年一二月一五日出願公告の決定を受け、昭和三五年四月一一日その商標出願公告がなされたところ(同年商標出願公告第七、四四六号)、同年六月九日本件被告補助参加人(以下単に参加人という)。から商標登録異議の申立があつて、同年一〇月三一日拒絶査定がなされたので、原告はこれに対し同年一二月二日抗告審判の請求をしたが(同年抗告審判第三、二三八号)、特許庁は昭和三六年一〇月二七日右請求は成り立たない旨の審決をなし、原告は同年一一月九日審決書謄本の送達を受けた。

二、審決の要旨は次のとおりである。

参加人は、別紙Ⅱ表示の構成から成り、旧類別第六五類骨牌を指定商品として昭和二六年五月一八日登録された登録第三九八、六六四号商標を有するところ、本願商標と右引用商標とは称呼、観念においては相異るにしても外観においては類似するというべきである。

すなわち、両者を外観上から見るに、全体の形状並びに文字及び図形の細部の点には相異るものがあるといえるにしても、他面において、両商標はいずれも文字及び図形を黒地に白であらわしていること、個々の文字を抽出して見れば異なるにも拘らずこれを全体的に見ればいずれも相類似する特殊の態様で書かれているものとの印象を受けること、文字の配置が図形との関係において類似していること、白地であらわされている図形は、本願商標のものは雪におおわれているアルプスの山であり、引用商標のものはピラミツドであり、またそれらの前に描かれている図形は、前者のそれが数人の登山者をあらわし、後者のそれが駱駝をひく隊商をあらわしているにも拘らず、いずれの図形も三角形の前にシルエツトが描かれているという点で、その感じが相類似するものであること等多くの共通点を有する。

そしてかような外観を有する両商標は、その指定商品との関係において見れば、いずれもそれらが使用される場合にはトランプ骨牌等の容器にあらわされるものであることは、両者がいずれもこの種容器の展開図であることを示していることから明らかである。

それ故このような両商標の使用の態様をも勘案しつつ、それらの構成部分を総括した全体の構図から判断する場合には、両商標は以上の如く外観において共通する面が多いから、両者を対比して見る場合はともかく、時と所とを異にしてこれに接する場合には、世人が両商標を混同する事例は頻繁に発生するものと解するのが、取引の実際に照らし相当である。

従つて両商標はその称呼、観念においては相異なるも、外観の点において相紛らわしい類似の商標であるといわざるを得ず、そして両商標が指定商品において相牴触するものであることは明らかであるから、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号の規定により登録を拒否すべきものと認める。

三、しかしながら、審決は次の理由によつて違法であるから、その取消を求める。

すなわち審決は、本願商標と引用商標との外観上の観察における類似点ないし共通点を指摘して、

(一)  いずれも文字及び図形を黒地に白であらわしているというも、商標としては、かようなものはありふれた表示態様であつて、取引市場において常に見受けられるところであり、あえて引用商標のみの表示態様ではないものというべく、

(二)  文字がいずれも相類似する特殊の態様で書かれているものとの印象を受けるというも、その両者の要部とする文字「ALPINIST」及び「CARAVAN」の文字は書体が全く異なるのであり(例えばこれらに共通の文字である「A」、「N」を比較すればその相違は一目瞭然である。)

(三)  両者は、文字の配置が図形との関係において類似しているというも、その表示態様は特殊なものではなく、普通のごくありふれたものであつて、引用商標のみに見られる独特のものではないのであり、

(四)  いずれの図形も三角形の前にシルエツトが描かれている点で類似するというも、単に三角形と断定するのが誤りで、本願商標のものは雪におおわれた山岳であり、そして引用商標のものは正三角形であるが駱駝をひく隊商の図形からピラミツドを表示していることが直ちに理解されるのであり、そしてまた両者の図形共にその一部がシルエツトで描かれているにしても、本願商標のものは雪におおわれた山岳と登山者を、また引用商標のものはピラミツドを背景とする隊商を表示することが明白であるから、審決の右のような認定には全体的に観察しない誤りがある。

要するに、本願商標は「ALPINIST」の文字と雪におおわれた山岳を背景とする登山者の図形から成り、引用商標は「CARAVAN」の文字とピラミツドを背景とする隊商の図形から成ることが明らかであり、右の文字及び図形がそれぞれ明確に観察されるから、両者は外観上離隔的観察においても相異なるものというべきである。かように両商標は本質的に相違する外観を有するのみならず、取引上の実際においても、卸商及び小売店では舶来トランプと国産トランプとを場所を異にして陳列し、各百貨店においては舶来品は国産品と場所を異にして別に、「舶来トランプ」と表示したケース内に陳列して販売しているのであつて、引用商標のトランプは舶来品であり、本願商標のトランプは国産品であつて、取引上の実際においては右のような取扱いをせられているものである。従つて両商標は取引上の実際における経験則に照らしても非類似の商標であるというべきである。

第三、請求原因に対する被告及び参加人の答弁

一、請求原因第一項の本件審決までの経過及び第二項の原審決の要旨に関する原告の主張は認めるが、第三項の主張は争う。

二、請求原因第三項における原告の主張は以下に述べる如く失当である。

その(一)について。

原審決も文字及び図形を黒地に白であらわした表示態様が、原告の主張する如くありふれたものであつて、引用商標のみの表示態様ではないことをあえて否定しているわけではなく、その何処にも引用商標のみが文字及び図形を黒地に白であらわしたものであると認定したところはないのであり、ただ両商標の共通点の一つとして右のような表示態様をあげているにすぎないのであつて、この点の原告の主張はなんら原審決に影響を及ぼすものではない。

その(二)について。

両商標における「ALPINIST」及び「CARAVAN」の個々の文字を対比するとき、その書体に右の共通文字である「A」、「N」を比較して見られるような相違の存することは、原審決もこれを否定してはいないのである。しかしながら商標法上いうところの外観の類似とは、離隔的観察において、一般人が取引上彼此混同誤認を生ずる程度に近似していることであつて、両者がすべての点において一致することを要するものではないことはいうまでもないところ、本件において両商標の文字はゴチツク体でもローマン体でもなく、いずれも極めて太くあらわされている部分を主軸とし、これに細い線を配し、鋭角的な表示方法を採用した特殊の書体によるものであつて、仮りに両書体の文字をまぜて単語あるいは成句を配列した場合においても、異る書体の文字で構成されたものと認め難い程度にその特殊の表現態様が相類似しており、従つてこれらの文字で構成された両商標の文字の部分は、世人が時と所とを異にして全体的に観察する場合においては、相類似する特殊態様の文字で書かれているという印象を受けるものと判断するのが相当であつて、本件において両商標の文字の書体を指摘する原告の主張は、商標法上いうところの類似の観念を無視した形式論たるにすぎない。

その(三)について。

表示態様がありふれたものであつても、類似するものは類似するのであつて、本件においては、たとえその表示態様はありふれたものであるにせよ、両商標における文字の配置が図形との関係において類似しているのである。

その(四)について。

原審決は、両商標の図形を対比観察すれば、山岳とピラミツド、登山者と隊商とそれぞれ相異るものであるに拘らず、いずれも図案構成上白い三角形の前にシルエツトが描かれているという点で類似することを指摘しているのである。従つて原告の、原審決は、両商標において三角形及びシルエツトがそれぞれ固有にあらわしているところを観察せず、両商標の図形が単に三角形であると断定し、またその一部にシルエツトが描かれているとしたものであつて、図形を全体的に観察しない誤りがあるとする主張は、全く当らないというべきである。

以上要するに、原審決が本願商標と引用商標との外観上の類似点として指摘した点を非難する原告の主張はすべて理由がなく、両商標は外観上の観察において、全体の形状並びに文字、図形の細部の点に相異るものがあるにしても、他面指摘の如き類似点を有しており、これら商標の使用の態様を勘案しつつそれぞれの全体の構図から考えれば、両商標は指摘の如き類似点、共通点の故に離隔的観察において外観相類似する商標であると判断した原審決には、原告主張の如き違法は存しない。

第四、参加人の主張

一、引用商標の、文字及び図形を黒地に白であらわしているとか、図形との関係における文字の配置とかの表示態様はありふれたものであるが、引用商標のもつ全体としての表示態様は独特のものである。すなわち引用商標はトランプのカードケースの展開図であり、その表面図と、これと対称にあらわれる背面図とがこの商標の要部であつて、この要部である表面図(背面図)は、黒地に中央部よりやや上方に頂点をもつ白抜の三角形とその前方にシルエツト式にあしらつた数人の人影とをもつ図形と、三角形の頂点上に特殊の書体で横書された白抜の文字とから成る結合商標であつて、右商標の所有者たる参加人は、それがトランプのカードケースに使用されるので、一般需要者の購買欲をそそるべく長年の経験に基いて特に意匠的な要素もとりいれて創作したものであり、他の業者でこれと類似の商標をトランプ類に使用したものはなく、わが国の登録例にもこれに類するものはないのである。

二、参加人は、米国において最古の歴史を誇るトランプの製造販売会社であつて、創業以来斯業に専念し来り、その製品は米本国は勿論世界各国に輸出され、品質の優秀さとたゆまぬ宣伝広告とによつて、参加人の名声とその商品に使用されている数多くの商標とは広く世界的に知れらているところであるが、戦後原告はこれらの参加人が長年の努力によつて全世界に樹立した金銭に見積り得ない価値あるグツドウイルを負載した商標を巧みに模倣して仕向地でしばしば問題を起したのであり、本願商標もその一例であつて、他人の有名商標を巧みに模倣してその名声を利用せんとするが如きは、慎しむべきことであり、商標法上も禁止されているところである。本願商標の如く、その構成全体から見て明らかに参加人の引用商標を模倣したものと判断されるような商標の登録が許されることは、ひとり国内商標法の立場からのみならず、国際商標法、国際信義の上からもとうてい是認できないことである。

第五、参加人の右主張に対する原告の答弁

原告が参加人の商標を模倣した旨の参加人の主張は否認する。なお、原告が過去において商標について参加人との間にかかわりあいを持つたのは丙第一号証の二の五頁に掲載のトランプ商標四八番についてだけで、それも、右商標は原告が参加人より前にアメリカ合衆国で使用していたところ、昭和三四年九月頃参加人会社のジヨン・ダヴリウ・バーネツトなる者が原告会社に来て、参加人がアメリカ及びカナダ国に商標登録出願をしたが、原告が右商標に同国で先使用しているため登録が受けられないから、原告は右商標を付したトランプを同国で販売しない旨の同意書をもらいたい旨求めたので、原告がアメリカ及びカナダ国以外の諸国で右商標を使用するも異議なきことを条件として右求めに応じ同意書に署名した、という事実があるだけである。

第六、証拠<省略>

理由

一、原告が昭和三四年三月三一日旧類別第六五類トランプ類その他本類に属する商品を指定商品として、別紙Ⅰ表示の構成を有する商標につき、特許庁に商標登録の出願をなし、次いで原告主張の手続を経て、昭和三六年一〇月二七日その主張の如き要旨を以て原告の抗告審判の請求が成り立たない旨の審決がなされたことは、当事者間に争がなく、右審決書の謄本が同年一一月九日原告に送達せられたことは、被告及び参加人の明らかに争わないところである。そして参加人が別紙Ⅱ表示の構成から成り、旧類別第六五類骨牌を指定商品として昭和二六年五月一八日登録された登録第三九八、六六四号商標を有することも、本件当事者双方の主張に徴し、その間に争の存しないところと認められる。よつて、本願商標と右引用商標とが外観において類似するとした原審決の判断の当否につき検討する。

二、右の如く別紙Ⅰ表示の構成を有することに争なき本願商標も、別紙Ⅱ表示の構成を有することに争なき引用商標も、それらが実際に使用される場合には、右の各表示がいずれもトランプ骨牌等の容器の展開図であるのに徴し、また成立に争なき甲第九、第一〇号証の各一によつて、これらカード類の長方形扁平の容器に、本願商標は左右対称部分を表面及び背面とし、引用商標は上下対称部分を表面及び背面として、それぞれあらわされるものと認められる。そして両商標が右のように実際に使用される場合におけるその外観を比較するに、両商標はいずれもその全体にわたり、文字及び図形を黒地に白であらわし、この白であらわした図形の部分にさらに図形を加える場合には加える図形を黒で表示するという同一の表示方法によつており、そして両商標の各要部をなすと認められる前記容器の表面及び背面にあらわされる部分においては、まず文字が本願商標では大きく「ALPINIST」とその下に小さく「Playing Cards」と、引用商標では大きく「CARAVAN」とその下に小さく「PLAING CARDS」と、いずれも二段に書いてあつて、両者における上段、下段の各文字の大きさ及び文字全体の配置関係等は殆ど同じであると共に、これら文字中の主要部分を形成する各上段の文字は個々について対比すれば書体の異ることが分らないではないにしても、両者いずれも、太い主軸部分に細い線を配し、鋭角的な表示をした特殊の書体によつているのであつて、両商標の文字部分は、右の配置構成、主たる文字の書体等によつて全体して相類似している印象を与えるのであり、次に図形部分は、前者のそれは雪におおわれたアルプスの山を背景とする数人の登山者であり、後者のそれはピラミツドを背景とする隊商であるにしても、いずれの図形も――山またはピラミツドを表示すべき――黒地にあらわされれ数条の白い横線を両側に配した白の三角形の前に、――登山者または隊商を表示すべき――シルエツトが描かれているという強い印象を与えるものであり、しかも両商標におけるかように相似た印象を与える右の各文字部分と各図形部分との相互の関係も、共に右の白の三角形の頂点上にほぼ同様の間隔をおいて二段の文字の中央部が位するよう類似の配置となつており、以上要するに商品の容器の表面及び背面にあらわされる両商標の要部にあたる部分は、いずれも黒地に白を以て印象の似た文字部分と印象の似た図形部分とを同様に組合わせて表示しているのであり、さらに加うるに、各容器の側面に表示される部分においても、対比すればそれぞれ異るものではあるにしても、ほぼ同じ位置にほぼ同じ大きさの文字がいずれも黒地に白であらわされる点においてまで、両商標は共通しているのであつて、以上の如き外観上の共通点、類似点を有する両商標は、その故に時と所とを異にしてこれに接するとき世人に両者を混同させるおそれのあるものであり、すなわち両商標は外観類似のものと認めるのが相当である。

そして右認定は、原告の主張する如く、両商標における文字及び図形を黒地に白であらわした点とか文字と図形との配置関係とかの点における表示態様が普通のありふれたものであるにしても、あるいは両商標において文字は「ALPINIST」と「CARAVAN」の差があつて、その書体にも比較すれば感得し得るような相違があり、図形も雪におおわれた山岳を背景とする登山者とピラミツドを背景とする隊商という本来全く異つたものであるにしても、これらの事実によつてこれを左右し得るに足るほどのものとは到底これを認め難いところである。すなわち、もともと類似の感覚を生ぜしめるのが必ずしも特殊の表示態様のものに限るものではないし、また本件両商標の文字及び図形上に存する原告指摘の右の如き差異も結局いわゆる対比的観察における差異たるに止まるものであつて、本件両商標は離隔的観察においては、前記認定の如き類似点、共通点の故に類似の印象を生ぜしめるものとするのが取引の実際に即したものというべきであつて、右認定は証人<省略>の証言によつても支持、是認されるところである。

もつとも、証人<省略>の各証言によれば、現在百貨店その他の小売店で輸入及び国産双方のトランプを店頭に陳列して販売する場合には、各その陳列場所を異にし、その別を示して販売するものも多く、従つてこの場合引用商標を付した参加人の商品は輸入品として、また本願商標を付した原告の商品は国産品として、それぞれ区別して販売せられている事実のあることはこれを認めることができるのであるが、証人<省略>の証言とも対比するとき、これら証言のみによつて、輸入、国産双方の商品を取り扱う店舗において両者それぞれにその旨を明らかに示して販売するというのが一般的であるとも断定し難いところであるとともに、店舗によつては、その一方のみしか取扱わないところのあることもこれを否定し難いところであるから、仮りに、双方のものを取扱つている店舗では、右のような区別をするのが一般的であるとしても、既に見た通りに、離隔的観察において、これを外観類似のものと認めるの外のない本件の両商標については、一般需要者についてこれを見るとき、両者間に誤認混同のおそれがないものとは到底これを断じ難いものといわざるを得ない。従つて本件の両商標は、取引上の実際においては誤認混同のおそれはないとする趣旨の原告の主張も、これを採用し難いところである。

三、以上の如くであるから本願商標が外観上引用商標に類似するものとして本件原告の請求を容れなかつた原審決には原告主張の違法はなく、原告の本訴請求は失当として棄却すべきであり、民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文の如く判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官多田貞治 古原勇雄)

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